授業と試験に追われて、焦っている夢を何度となくみた。
授業にろくに出てないものだから教授の顔すらも知らず、単位だけをどう
やって取ったらいいのかずっと悩んでいる大学4年の自分がいた。
授業に出てないから試験日も分からず、テキストも持ってない。あ〜どう
しようと頭を抱える場面で、いつも目を覚ます。そんな夢をだった。
大学生じゃないし、何とか卒業してるし、あ〜良かった。
思い起こせば、卒業にはギリギリの単位数で崖っ淵だったような、、、。
若い頃、何をやってたんだろうと後悔しきり。授業料の無駄遣いだった。
両親に申し訳なかった。ただ今だに夢に出ると言うことは相当悩んだり
教授に相談したりしながら、首の皮一枚綱がって辛うじて必要単位数を
確保したんだと思う。留年が出来るほど親に余裕はなかったことはうっすら
記憶に残っている。危なかった。空手と麻雀、そして夏目漱石の小説に
明け暮れていて、SEプログラムのゼミに出ることもなくなっていた。
プログラミングのテキストを見るだけで眠気が襲ってくるもんだからゼミから
遠ざかってしまうのは無理もない。でも良い点数を教授は下さった。理由は
聞いてない。同志社大学は夢幻のように過ぎて行った。卒業、入社、結婚、育児、
転職、出世、家のローン、子供達の受験、親の見送り、定年。あまりに多くの
事が毎日訪れては去って行った。変わらない事と言えば読書と空手くらい。
サラリーマンをしながらこの2つだけは続けてきた。小説は読むのも書くのも好きだし
空手は極真芦原道場→芦原会館→正道会館→極真城西→極真浜井→独立し極真の
道場を設立。一生懸命生きて来たらいつの間にかこうなっていた。
先日、型全国大会に出場するマスターズ男女のメンバーと会食した。
コロナウィルスを意識しての短めの会食だった。
マスターズの男女の健闘を祈る。
まだまだ若々しく生きて欲しい。
まだまだカッコよく生きて欲しい。
一生懸命努力するその姿、きっと子供達の記憶に焼き付くはずさ。