代表のブログ

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3月28日は坂本派金町道場様に出稽古をさせていただきました。礼心会様も合流して頂き3道場のメンバーによるスパーリングと、その後は 1 x 1 試合形式の稽古をさせて頂いた。金町道場のT先生、礼心会のO先生にはお忙しい中、この出稽古をセッティングして頂き、また子供達にも様々なアドバイスをして頂き、本当に有難い1日でした。 コロナ禍にあって組手試合が極端に減ってしまった為に緊張感のある出稽古スパーリングは意味深い。  「子供達よ、今は力不足でもいい」 「しかし今日から自分を鍛えるんだ」 「それが後輩達へのメッセージだ」 「それが新しい力となって、多くの奇跡を生んでくれる」 「はがねのような強い精神と、野に咲くように優しい心を持て」 「苦しい時に流した汗と涙は、いつかきっと生涯の宝となる」 「さあ、上を向いて、一歩前進しよう」

2014年にNHKで放送されたイギリスの番組「7年ごとの記録」を観て私は以下のブログを書いてました。そして今年3月4日から3週に渡り、その7年後の63歳になった彼らの今を観る事になりました。1964年に始まったこの番組は子供達をずっと追っているのが凄い。そして彼らが実際にどうなっているのか。子供は生まれて7年でほぼ方向が決まるという。その仮説を実証している番組です。やはり人間はその仮説通りになっているようです。 先日NHKで7歳の子供達を7年ごとに撮影し現在56歳になっている人たちのドキュメンタリーがありました。 良く撮れたものだと思います。 それも49年間も何人かの行く末を追い続けるなんて凄い。引っ越しをして結婚・離婚を繰り返す人。昔、子供の頃に語った自分の夢をそのまま実現している人。様々です。  現在のその人の映像と子供の頃、高校生の頃、大学生の頃の会話、その後、職に就いた頃の会話。 一人の人生がそこにありました。 そこに映っていた子供たちは思っていたような人になって、そういう人生を歩んでるのです。 やはり人間、幼少のころ、小学校のころの純粋な心にどんな人生を描いてあげるか非常に大事なんだと思います。日々子供は成長しているので、その子供達に感動を与え、そしてそうなりたいと思わせる紙芝居を見せてあげていると、純粋な心であればあるほど、やはりそうなるものなんだと、あらためてそう思いました。 私は子供にはお節介を焼くのが好きな方でしたけれども、今思うのは、それはマイナスであって子供にはあまりあれやこれやと世話はやかない方がいいということ。それとただ、将来の紙芝居を見せてあげるだけで十分、子供は理解し自分で心に焼き付けて行くものだと思っています。長男が7歳のころ医者のいいことばかりを話してました。 14歳のころ、夢をあきらめそうになっていました。21歳にころ、まだ夢の途中です。 来週長男は24歳。その夢が実現するのには、まだあと2年半が必要です。 その夢が叶うまで、あまり近づきすぎないで見守っていようと思います。

小1から空手を始めて大学生迄空手を続けていた長男。マンガばかり読んでいた長男。その彼が4月から病院勤務を一旦、辞めて大学院に通うらしい。医師免許だけでいいだろうと言っても本人は医学博士号を取るというから、まあこれは本人の意思で決めるべきなんだろう。けど親として一言いいたい。4年間もまた学業に専念するという事は卒業の頃には35歳だ。そこからまた循環器内科医として、そこからまたスタートするの? もう散々勉強して来たんだからもう良くないかい? 目先の利に目がくらむこともなく自分の行く先を見据えているのはいいのだけれど、まあいいか自分で決めた道だ。頑張れ! 今から70年も前の事。大阪大学医学部にもマンガが大好きな青年がいたっけ。その人も大学院に行き医学博士号を取得していた。名前は手塚治という。マンガが大好きな青年は本名に虫を付けて手塚治虫と名乗っていた。サインは小学生の落書きのように読めない。長男は字のまずさ迄似ている。空手とマンガで、良く医師に慣れたもんだと呆れてしまう。

先週からブラジルカポエイラ協会の指導員をお招きしてカポエラクラスを始めた。空手とカポエラは全く違うもの。しかし同じ格闘技。試合クラスメンバーのみに限定した開催だけど円運動、足の運びを学んで欲しい。彼らの運動神経に刺激を与えたい。そんな思いから2月にカポエラの先生と会話し、その実現に至った。協力頂くブラジルカポエイラ協会の先生に感謝です。全ては子供達の脳にどうやって刺激を与えられるかだ。これからも、様々な取り組みを行い、チャレンジして行こうと思っている。

審査会も終わってみんなに帯と認定状を渡して行ってる。 子供は子供なりに頑張った証だ。よく頑張った。偉いなあ。 それから、コロナ禍なのに体験・見学のお問い合わせが続いている。 何か新しい風が吹いているのかもしれない。

いつものように三か所に分散し100名の昇級審査会を開催しました。昇段は別の日に開催するなどコロナ対策を十分取ったうえでの開催でした。極真空手を習得する中で何かを心に宿して欲しい。型も組手も1日1日の積み重ねの結果です。いずれ黒帯を締めた自分がそこにいる。あきらめなかった自分を褒めてあげよう。

125年前は小学校卒業でも21歳で医者になれた。野口清作は小学校卒の学歴で1897年に医者になっている。彼の生家は福島県猪苗代にある。一間の部屋と厩がくっ付いたようなの貧しい家だ。口が上手く借金を繰り返し自堕落な生活をしていた清作は翌年1898年に名前を英世と変えている。その戸籍上の名前を変える手口と経緯までわかってしまうと、どうも好きになれない。1900年、医師を志す女学生:斉藤ます子さんとの婚約を決め、その持参金をもらうとアメリカへの渡航費に充ててアメリカの大学の助手になっている。どうもここまで破天荒すぎる生き方を知ってしまうと腹立たしくもあきれてしまう。1905年婚約持参金が野口の懐ではなく血脇もりのすけ氏から斉藤家に返えされようやく婚約が破談となる。これではまるで結婚詐欺ではないか。1911年梅毒スピロヘータ純粋培養論文で京大より医学博士の学位を授与され、アメリカ人女性と結婚する。その後黄熱病により1928年に死去。その間3度もノーベル賞候補になり2004年から千円札にもなった。しかし今は医学の分野で彼の発見の多くは否定され医学の歴史では野口の名前は消えている。博士号を東大大学院でもらうとにわかエリートのような学歴を縁取ることができる。野口清作も木下博勝氏もどうも同じ穴のムジナのように思えてしようがない。

今から174年前のアメリカに小学校に入学して3ヶ月で退学した子供がいました。ある日、子供が担任の先生からもらった封筒を母親に手渡しました。母親は封筒を開け読んでるうちに涙がこぼれました。「あなたの子供は精神薄弱で面倒をみることは出来ません。よって退学とします。」 今の日本ではあり得ないような話です。母親は悲しさと、この先のことに思い困り果ててしまいました。やがて子供は母親に家で勉強を教わり成長していきます。ナンシー・エリオットは七番目の末っ子に手を焼きながらも、その子の稀有の才能を育んでいきました。1個の粘土にもう1つの粘土を加えると1個の大きな粘土になる。1+1=2ではなくて、1+1=1もあるんだと分かっていきました。いろんな失敗をしたこの子は22歳の時に特許を取得し、それを売る事で現在の貨幣価値で2億円のお金を手にします。やらなければいけないことが山ほどあった彼の睡眠時間は30分の仮眠を何度か取るだけ。1日に3時間ほどの睡眠でのちに大企業となるGEを創り、電話も発明しました。宇宙という大きな存在のから生まれてくるメッセージを受け取ってそれを記録することをヒラメキという。そのヒラメキを大切に仕事に没頭しました。それら全ては小学校から受け取った退学通知から始まりました。学校から見放された子。その子を信じ、その子の才能を疑わなかった母の思いが天才を生んだのでしょう。後年、母の遺品を整理しその封筒を目にした彼の名はトーマス・エジソン。学歴・小学校中退。

知り合いで年末にコロナ罹患した人が連絡をくれた。東京都在住57歳、社長業を営む男性。週に2回ほどの会食を重ねていた年末29日。38℃の発熱のためかかりつけの北里大学北里研究所病院を受診。だるさと微熱は市販薬パブロンでしのぎ、医師の勧めでPCRを受けた。翌30日コロナ陽性と判明。咳はなく37−38℃の熱だけ。自宅療養となる。自宅には毎日、病院と保健所から症状確認の電話が入る。食欲は落ちず、相変わらず咳はない。ただ、夜22時頃になると決まって38−38.5℃の熱が出た。翌朝起床後10分ほどで37℃程度に落ちる日が4,5日続いた。その後、夜間の高熱はなくなり1月7日には医師のお墨付きをもらい仕事に復帰したという。今分かっていることは世界中でコロナ重傷者は高齢の男性が多いということ。どういう訳か高齢でも女性の重傷者が少ない。このコロナは高齢の男性がかかりやすく重症化し死に至る病気とも思えてくる。短パンにTシャツ姿の子供たちをこの真冬でも見かける。子供達はコロナにかからず、かかっても症状が出ない。いっぱい食べて、いっぱい寝て、笑って暮らす。そしてマスク、手洗い、うがいをやっていればおおむね良好。免疫力のかたまりのような空手クラブの子供たちにはコロナウィルスは影響なさそうだ。

1月は体調を整えて受験に挑まないと。最後は体力勝負だ。中学受験、高校受験、大学受験、国家試験のすべてが第四コーナーを回った。お正月気分なんか味わってられない。目指して来た目標にあと少しなんだから当たり前だ。息子達の受験をいくつも経験して思う事は、番狂わせはつきものという事。あの子があそこに受かるなんて、、、あの子がA判定なのに落ちるなんて何があったのかしら、、、。しかし、それが本当の力だ。今はそう思う。医師国家試験は3日間。その大事な3日間の初日に熱を出した人がいた。どんなに春から秋まで体調万全であっても最後の最後の冬、3日間の試験の当日に39℃を出す人は、悔やんでも悔やみきれないだろう。今年は試験会場にも入れまい。しかし、それが実力なんだと思う。もう一回チャレンジしなさいと言う事だ。国試浪人は精神的にきつい。極端に言うと家族、親戚に会わす顔がなくなる。東大医学部を卒業した子なら尚更だ。長男は1月1日の夕方から当直、翌日昼まで病棟の回診で今日3日に帰って来た。1日の当直では夜間に10人。心筋梗塞、胆嚢炎など。いろんな試験を受けて今は循環器内科医になって多くの人を診て来ている。中学受験が1番キツかったと今でも言う。まだ子供の身体なのに受験前は毎日10時間をこなして来た。その耐える力が医師国家試験に効いようだ。1月は受験本番だ。そこまでに育んで来た体力が最後にものを言う。私は今でもそう思っている。

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