ある日、ある少年が外で遊んでいると木の葉にさなぎの繭が付いているのが見えました。
少年はその繭を部屋に持ち帰りました。 数日後、蝶がさなぎの繭を破って外に出ようと
苦闘し始めました。
そのさなぎの殻は容易に破れず長くて激しい苦労が立ちはだかっていたのです。
少年には蝶がさなぎの繭の中に封じ込められているように見えました。
そして蝶の動きが止まった時には、心配やら可哀想な思いやらが重なりました。
するとその子の母親が見かねて、「ハサミで繭を切ってあげたらいいのに」と言いました。
「そうだね、お母さん、可哀想だもんね」と言いながら子供はハサミを持ってきて
蝶を助け出したのでした。「可哀想に、苦労しただろうに」と助けだせたことに安堵し
蝶へのいたわりの気持ちでいっぱいでした。
しかし、助け出されたはずの蝶の様子がおかしいのです。
ただ這い回るだけで、はねを広げて飛ぶことが出来ません。
本来なら、さなぎの繭の小さい穴から苦闘しながら外に出ることで体液がはねにまで
行き渡り蝶は飛べるようになるはずだったのです。
ある日、あるお百姓さんが鷲の卵を見つけました。しかしお百姓さんはそれが鷲の
卵とは知らずににわとりの雌鶏の巣の中に入れてしまいました。雌鶏はそれが鷲の卵とは
知らずに他の卵と同じように育てました。まもなく鷲の子供は生まれ、雌鶏は他のヒヨコ
たちと同じように育てました。鷲の子供は自分がにわとりだと思い込み、にわとりの
真似をして育ちました。
ある日、鷲の子供が空を見上げると大きな鳥が悠々と空を舞っているのが見えました。
鷲の子供は「あれは何?」と尋ねると、雌鶏は「あれは鷲だよ」と答えました。
鷲の子供が「自分もあんな風になりたい」というと「それは無理だよ」と事もなげに
あしらい「お前は、にわとりなんだからね」とさとしました。
鷲の子供は「そうだね」とうなだれてため息をつきました。
鷲の子供は大きくなっても自分が鷲である事に気付かず、自分は飛べないと思い込み
大空を羽ばたくこともなく生涯を終えたのでした。
今日というこの1日で何頭の蝶と何羽の鷲の子が大空を飛ぶ事をあきらめたのだろう?
そして明日という未来に何頭の蝶と何羽の鷲の子がため息混じりの人生を送ることだろう?
そんな蝶と鷲の子らの為、ほのかな灯火をかざして背中を押しあげねばなるまい。
大空を羽ばたくことをあきらめた子らの為ならば、少しばかりのお節介は許されよう。