学生の頃、一夜漬けが得意という男がいた。彼はすべてに要領がいいし、試験のヤマのはり方なんかは感心するほど上手かった。しかし、その反面、彼は忘れるのも早かった。一夜漬けのものだから、その用が終わるとさっさと忘れる。それでいいんだと豪語していた。その彼とは真逆の男がいた。覚えが悪く、不器用な彼なのだけど、あるときぐんぐん頭角を現した。そんな彼には焦らないたくましさがあった。
そろそろ来月あたり雪が降る。雪は降り始めはなかなか積もらないし、降ってもすぐにとけて消えてしまうもんだから「なんだ今日の雪はこんなもんか」と高をくくっていると、いつしか一面真っ白になっている。人の能力の身に付き方もこれに似ているのかもしれない。
月曜日試合クラスの子供達に「打たせ屋」をさせてみた。すると四年生の女子が先日、準優勝した六年生男子のボディーに下突きを入れて倒していた。その六年生、まだまだ小さい。いつ彼の背は伸びるんだろうと思って見ていると四年生男子にも、どんどん抜かれている。しかしスパーリングの秒速ステップは異次元。この動き、異様に早い。もし彼が高校生まで空手を続けていたとしたら、誰も10秒も立ってられそうにない。
「雪はあっという間に一面を銀世界に変えている」。そんな気持ちでボディーを効かされてうずくまっていた彼を診ていた。