祖先を辿れば
日本の人口が減ると新聞に書いてました。明治維新に3,330万人だったのに150年で約4倍ほどに急に増えたんだから萎んでいくのはしようがないように思えます。鎌倉時代は日本には750万人しかいなかったらしい。平安時代は550万人ほど。弥生時代の日本の人口は59万人しかいません。2023年の日本は1億2447万人か。ここまで考えるとやはり自分に似た人、似た考えを持つ人が意外にいるのは当然だと思うのです。その訳はこうです。 私には両親がいて、そして祖母・祖父がいて、その先の祖先はもちろん2人づつ居たわけすから1世代前が2人、その前が4人、その前が8人と数えていくと100年で約4世代遡ることになって自分の血には16人の先祖の血が流れていることに気が付きます。その先をもっと辿っていくと200年で256人の先祖が、300年で4,096人、400年で65,536人。そして20世代前の500年前では1,048,576人、30世代前の750年前の鎌倉時代には10億7,374万人という先祖の血にたどり着きます。実際には鎌倉時代には750万人しか居なかった訳だから、逆行した数字から言えることは今の日本だけ取ってみても750年のどこかで先祖が同じ人にたどり着くということです。どこかで会ったような人と思える人とは、たぶんそんな関係なんじゃないのかなと勝手に思っています。 この極真空手をやっている子供達と、その保護者の方々とも、きっと500年も700年も遡れば先祖が同じ人にたどり着くかもしれません。
大山総裁の命日
大山総裁の命日である4月26日に元気な男の子を産んだ女性が居ます。極真連合会世界大会で4位となりました。彼女の山口のおじさんは芦原会館の支部長。いつも明るい笑顔の先生です。 大山総裁の命日である4月26日に元気に生まれてきた男の子。名はケイタ。4年生の最後の試合で残り2秒で電光石火の胴回しで見事な一本勝ち。相手の子は4年生軽量級のチャンピオン。その子が気絶する程の切れ味のいい胴廻しを身に付けていました。少年部で、ヘッドがーがあって気絶するそんな胴回しは今まで見たことがありません。幼稚園の頃に「くろおび」とたんざくに書いたのにどうみても「くそおび」でした。
第32回東都空手道選手権大会
松井先生が主催されてる大会に初めて参加させて頂きました。ちょうど私(昭和33年生)と同年代の先生(昭和34年生)で、昔はフルコンの大会といえば極真、正道、士道館、トーア杯の試合くらいしかなかった頃の試合で活躍されていた先生です。電話でお話しても、会場でご挨拶をさせて頂いても何かお人柄の良さが感じられる先生です。 今回の入賞は、リョータ6年生重量級3位、ケイタ5年生重量級優勝、ミク4年生女子重量級準優勝、カズフミ3年生男子3位でした。入賞を逃した子供達も涙を堪えて頑張ったね。良く頑張りました。 以前、うちの道場に居た子が、今は鎌倉のいい先生に巡り合って、今回準優勝していたのも素晴らしい。よく怪我をして、試合となると緊張してしまう子だったけど、落ち着いて戦えて入賞するまでになったのは本人の頑張りと鎌倉の先生のご指導の賜物だと思いました。
12年目に入りました
11年前、私は浜井派神奈川県支部としてゼロから活動を始めました。それまで在籍していた道場の生徒を連れてくる訳でもなく、自分1人でゼロスタートでした。稽古場所はこれから見つけよう、稽古生もこれから募ろう、何もないところから自分がどこまで出来るか試してみよう。そんな気持ちでした。 4月に地区センターで体験会をして3人が入会してくれました。5月も3人。浜井派神奈川県支部はこの6人から始まりました。その頃、小学校の体育館も借りられたのですが参加者はゼロ。一人でバスケットボールで遊んでいても5分が限界。広い体育館で大の字になって寝てました。やっぱり空手で人を集めるなんて無理かも。そんな事ばかり考えてました。家内に「今日も行ったってだれも来やしないんだから行かなくていいんじゃないの」と諭されてました。「いや、誰かが来るかもしれないから行くよ。1人でも来たら稽古をしてあげないと」。そうやって広い体育館で1人だけの時間を過ごしてました。その小学校体育館に子供達が来るようになったのは3ヵ月も後の事でした。 それでも続けてたら最初の年は地区センターと小学校体育館の2ヶ所で30人が来てくれるようになり、翌年には稽古場所は3カ所になり生徒は50人になりました。その次の年には4か所で150人ほどになっていました。3年かけて今の半分ほどの人数になっていました。その後、子供達が試合に出るようになり、徐々に入賞するようになってきて、試合クラスを創るようになりました。今はその試合クラスに毎回30-40人ほどが参加します。体育館で大の字になって寝ていた頃には想像もできない状況です。今は力謝会の一員として活動する横浜田中道場は宇宙が広がっていくように自然と組織は大きくなっていきました。たくさんの苦楽をともにしてきた人達、そして、今は別の道に別れた人達、過去同じ時間を過ごしてくれた人達、みんな同様に感謝の気持ちすら湧いてきます。それは人生をひたむきに生きて、まずまず納得できる人生を振り返れるようになったからかもしれません。成功したとか、だれだれに勝ったとかではなく、真摯な気持ちでいると、それが誰とは言わず、感謝の気持ちがわいてくるから不思議なものです。
池袋稽古会
4月16日日曜は池袋元本部道場で稽古会が開かれました。主催は力謝会の副代表:柚井先生。3月21日に組手稽古会を池袋で開いて頂いたのは力謝会の事務局長の平田先生です。私ども力謝会は大山総裁がおられたころのオリジナルを残す必要があると考えてます。 池袋の極真会館本部道場も人手に渡ってしまい、今はレンタル道場として活用させて頂いてます。中でも柚井先生は内弟子として、また海外に総裁が行かれる時の御供として、大山総裁の晩年を常に傍におられた方です。その柚井先生と私の考えの共通点は「大山倍達という方の何かを残して行こう」という思いです。 力謝会 代表:田中明宏
極真連合会世界大会
本日は極真連合会世界大会の2日目。壮年女子45歳以上の部で笹井先生は4位でした。お疲れ様でした。よく頑張りました。この極真連合会の試合は女子も拳サポーターはありません。なので試合後の笹井先生の右腕はいくつも打撲の跡があり膨れ上がってました。少年部や、大人でも拳サポーターを付けるところは多いのですが、それらの試合とは全く違います。 指導を5クラス任せていたので自分の稽古は週に1回ほど。それに2人の男の子の学校の事、母親としての家の事、様々な事をこなしながらの出場でした。いつも空手クラブを明るくしてくれている笹井先生には感謝の言葉しかありません。ご苦労様でした。ありがとうございました。 このコロナ禍に開催された令和2年極真連合会第50回全日本オープントーナメント女子44歳以下の部で準優勝。令和4年極真連合会型全日本大会壮年女子の部で優勝。そして令和5年極真連合会第5回世界大会壮年女子45歳以上の部で4位入賞とコロナ禍でも立て続けに入賞をしてきました。組立と型の双方に入賞を続けているとは、なんて素晴らしい👍んだろう。
第1回埼玉魁大会
先日、埼玉県富士見市立市民総合体育館で行われた大会にケイタのみ参加。結果はベスト8でした。なかなか思うように組手が出来なかったようで今後に課題が残る内容でした。私はいつものように土日の指導があったので、送られてきた動画で判断するしかありません。すでにリアルチャンピオンシップ選抜で優勝していたので、少し気のゆるみがあったかもしれません。3回戦が始まる前、2回戦の対戦相手の子に怪我をさせてしまったことを考えすぎ、心ここにあらず。地に足が着いていない、浮ついた気持ちのまま3回戦のマットの上に。結果は案の定、技が出ず、もちろん胴廻しも出さず、延長で負けでした。 勝たせてもらった相手のことを心配して、思うように動けなかったケイタ。本当にケイタはケイタらしいよ。そこがいいところ。2回戦目の相手の子に怪我をさせて、それを勝ち誇っているような子だったら、先生はがっかりだ。相手のことを思う優しいケイタ、偉いぞ。 今週の土曜、日曜は、今度はママが極真連合会世界大会に出場。ケイタは物心ついた時からママに抱っこされて道場に来てたね。一年生の時には大阪のA君にぼろ負けして泣きじゃくってたっけ。そこからケイタのリベンジが。ケイタは今までもらったワッペンを絶対に道着に付けないのは、憧れの福地勇人先生が付けてないかららしい。今回、ケイタのママは左の肩に日の丸🇯🇵を付けて日本代表として試合に出ます。狙うは優勝のみ。頑張れ笹井先生‼️、頑張れケイタ‼️
運命
大切なのは過去でも、未来でもありません。今こそが生きてる実体であって真実そのものです。なので今をしっかり、何もごまかさず生きてみようと思います。今日はまっさらな今日があって、今が本番。この一瞬が私の本番。そしてそれが私の未来を創っていく。だから一所懸命生きてます。私は私の運命を変えるために今を精一杯生きています。 今日、墨田区ではリアルチャンピオンシップ選抜大会、そして葛飾区ではIBKO全日本選抜大会がありました。その二つの試合にうちの道場から19人が分散出場していました。この子達は今日を、今を、一所懸命に生きて自分の運命を変えようとしている子達。自分の未来を自分の手で創ろうとしている子達です。途中、負けた子達も今日の結果を次に生かせばいい。大事なのは今日という日を一所懸命生きる事。みんなの真剣な顔はカッコいいし、きっと桜は咲くからあきらめないんだよ。 リアルチャンピオンシップ選抜3名出場 ⇒ 4年生ケイタ優勝、6年生リュウノスケ準優勝。 IBKO全日本選抜16名出場 ⇒ 1年生ヒナタ3位、2年生カズフミ準優勝、豪3位、4年生ハルト優勝、5年生ハヤト優勝・リョウタ3位。
池袋元本部道場稽古会
3月21日春分の日に池袋元本部道場に行ってきました。9年前に来たときは浜井会長と、総裁の三女:喜久子さん、鈴木さん、三宅さんと食事会でしたが今回は稽古会ということで若い方々に交じってスパーリングをやってきました。頭ツルツルオヤジが私です。「ツルツルにされてるので誰だか分からなかったです」と何人かに言われたオヤジも今年65歳。でもいまだにスパーリングをやってます。昔は昭和33年生まれというと、「あなた、若いね、、、」なんて言われたものですが、今では高齢者の仲間入りです。いつまでスパーリングが出来るかわかりませんが、ベンチプレス・アームカール・スクワット・砂袋だけは欠かさずつづけております。ドラグローブを付けた「顔面あり・金的ありスパーリング」もやりました。いつも護身空手大会では主審をやる側ですが、やっていくと、審判よりスパーリングの方が楽しい。顔面への攻撃は本能で動くもの。だんだん慣れてくると護身空手スパーは怪我をせず、安全だと感じてくるので楽しいんだと分かってきました。