循環器系の先生から久しぶりに連絡を頂いた。長男が高校三年まで極真空手を習い医学部受験を控えたころ、いろいろと医者の世界の話を伺っていた方でした。医者をやりながら極真空手を今も続けておられ現在は循環器の集中治療で働かれている先生。複数の医学部に合格した長男に「将来を考えたらここの大学がいい」と進路アドバイスも頂いて頂いた方でした。その長男もどういう訳か今では循環器内科の専門医として働くようになっている。妙なものだなあ。 その方のメールに続けてこうありました。 「師範も昨年の直心大会で、去っていった我孫子先輩、加藤先輩をお招きして一緒に演武してました。年を重ね確執も薄らいだ様子です。」  この内容をみて私が過去お世話になった道場の師範の心の有り様が見て取れて大変うれしく思いました。勝負事ともなれば勝てばおごり負ければ意欲を失う面倒な人格の自分がいる。なかなか利他の精神などとてもおぼつかないものだ。過去の確執などもそう簡単に忘れられるものでもなかろうと思っていただけに師範の対応が意外でもありなんだか暖かいものを感じたのです。きっと時間が解決してくれたのと、師範を客観的に見つめる聡明な師範自身が現れたのではなかろうか。 振り返れば自分自身でも必要な時に、その聡明な自分が、必要な場面で現れてくれるかはまったくわからない。もしそれが可能であったなら常に分別のある判断もできようし、道を誤ることはなかろう。ところが聡明な自分というものは厄介なもので心の奥底から容易には出てきてくれないのだ。いつでも反省しきりのときになって、ようやく現れてくれる。日頃の自分は世間体や常識など様々な要因の中で常に感情的で起伏にとんだ場面に身を置いている。なんとも心もとないのだとつくづく思う。日頃から心を静め、素直な心でいたいと望むのはそのせいだろう。とはいえ望まない自分とも、いつかは決別できるだろうと淡い期待をもっている。 循環器の先生のメールを見ていて昔を思い出し、自分の心もそうありたいなと思った次第です。

2021年12月に10人組手を完遂した3名の黒帯授与式を行いました。3人に共通するのは一流企業のサラリーマン。旧帝大・慶応出身。そしてその仕事と家庭と空手のバランスがいい人達。このバランスが崩れると空手をやってる場合ではなくなってしまうので、自分を維持するためのバランスがいい人達だ。 この「文武両道」を実践している人達には彼らを叱咤激励し支えてきた女性がいる。半年ほど前から彼らの背中を押し、心の支えだったかもしれない。今日はそんな3人の身元引受人のような気持ちで黒帯授与式に参加してくれてました。感謝です。ありがとう。

大晦日に帰って来た長男は元旦の診療バイトが池袋のクリニックであるという。なのに板橋から横浜に帰って来た。元旦のクリニックの診療バイトは時給1万円。これじゃ医者はお金には苦労しなくなるわ。当直ならそんな額ではない。循環器系内科医なのに大学院に通っている。博士号がなくてもいいじゃないかと言っても、長男にとっては大学院は先を見ての行動らしい。大学院4年が終われば博士号は付いてくる。しかしその後3年は御礼奉公で市中病院勤務。その後2年は大学病院勤務が待っている。現在32歳、独身。結婚の話すらない。そこが気掛かりだ。 今日3日から長男は大学院と病院勤務が再開するので昨晩帰って行った。今日、新石川本部はスパーリング大会と人生ゲーム大会で幕を開けた。 「あけましておめでとうございます。」 年長さんもちゃんと言えたね。 「あけましておめでとう。」一言だけど伝えたくて、あなたへの想いを指先にのせる。そんな時代だからこそ、自分でちゃんと言うのって意外と大事なんだなあ。

新石川本部が出来て2022年で5年になる。最初は小さな子供に合わせたような空間を創って子供達に空手をなじませていった。その後は少しずつ子供達の力量に合わせるかのように空間に変化を持たせていった。通常、空手道場というものは代わり映えしない、鍛えるだけの場所というイメージだ。ここにきて本格的にジムでトレーニングをする感覚を子供達にも身に付けてもらいたいと思い模様替えを行った。今日の大晦日がそのお披露目となった。 今までで一番忙しい1年をコロナ禍で過ごしてきた。また2022年もチャレンジする心を持って一歩を踏み出そうと思う。運不運に一喜一憂することなく日々の出来事をすべて受け入れ、生かして行こうと思う。

年末最後の稽古は恒例の1000本突き。それを長津田クラスとすすき野クラスで行った。なので自分では2000本突きをしたことになる。青葉台クラスは100人スパーリングを大人+子供合同で行った。50分スパーリングしっぱなしだった。あの子も、この子も大丈夫かと心配しきり。90人のころにはそれも杞憂だと感じられた。子供達の成長には目を見はるばかり。堪え難きを絶え、それでも希望を捨てなかったのは子供達ばかりではない。その子の親御さんたちも同じく希望を捨てなかったに違いない。そんなことを思いながら99人目を迎え、100人のスパーリングを完遂した。そんな中、私が指導した3クラスに付いてきた黒帯がいた。53歳・小太り・愛嬌のある彼が1000本突きを2回、そして100人スパーリングをこなした。すすき野から帰るころには彼の声はかすれていた。がんばった証だ。言葉に出さなくとも彼も精進をしていたんだ。やるじゃないか。

今日で2021年度の稽古がすべて終わった。子供たちは1年は1年なりに心も身体も成長している。 私も歳月を重ねた信念と学ぶ心を失うまいと思っていたらまた1年が過ぎてしまった。敷かれたレールの上をただ漫然と生きのびるなんて柄じゃない。63年の月日を顧みながらこの先もただ精進あるのみ。失敗もあった。こうすれば良かったという思いも少なくない。仕事で何度も壁にぶち当たった。それでもすべてを受け入れて真摯におのれを顧みた。危なっかしい淵のぎりぎりのところを精一杯生きているようでもあった。しかし、その繰り返しが成長に繋がっているのではなかろうか。また来年も成長した自分に出会いたい。年の瀬に1年間頑張った自分を労ろう。そして来年もまた新たな生成発展の姿を楽しみにしたい。

昨日は愛知県で全極真全国大会が行われ、同時に平塚で清武会トーナメントが開催されたので引率も2グループに分かれての試合参加でした。私が引率で不在の間でも日曜稽古は黒帯、茶帯の人たちが3か所で行ってくれていました。有難いことで感謝感謝でした。 日曜早朝2時半に起きて二人をピックアップし豊田市に向かったのですが土曜稽古のあとの掃除。早めに寝たとはいえ22時を過ぎていたので朝の2時半はまだ眠い。東名も慣れていないし緊張して走っていたら師範代に「中央線をまたいで走ったり、ふらふら走ったり、ジェットコースターみたいで寝れなかった」と。3年生のケイタもちゃんと寝れなくて申し訳ないことをしたと思いながらも試合を見ていたら何とか2回戦まで勝ち上がって、さあ3回戦と思ったら試合まで少しの時間に寝込んでしまうケイタ。 3時半に起こされてその後の車がジェットコースターだから睡眠不足。可哀相にと思っていたら寝起きの3年生の3回戦目は切れがなく負けてしまいました。私も運転の疲れがあったことは確か。こんな状態で試合に出させて申し訳なかったね。朦朧としていたんだろう。次は普通の状態で試合に出させてあげたい。それでもベスト16だ。よく頑張ったよ。 そして同じ時刻の清武会では幼年ソウタ3位、1年なつ準優勝、カズフミ・タイセイがベスト8,2年生まさき4位、中学生中重量級ゆうき準優勝とそれぞれが頑張っていました。中学生の入賞は黒帯のしょうや以来。よく頑張ったと思います。最近、幼年と1年生が試合クラスに参加しだして新しい風が吹いてきたなあと思っていたらやっぱりやってくれました。なんと才能のある子供達なんだろう。おめでとう。ケイタに続く子供たちが育っていました。うれしいことです。

2021年12月12日 当たり前の一日を必死に闘った3名の男達には黒帯がふさわしい。 空手を始めて7年~9年かかったけど、謙虚な気持ちでこの日を迎え、10人組手を必死に耐え忍び完遂した姿はカッコ良かった。 いつまでもカッコいいオヤジでいて欲しい。悔いが残る一日を過ごしてはもったいない。

今日は朝から長津田クラス稽古を近所の大石神社で行いました。その前に部屋で柔軟をしていたら、子供達の身体のなんと柔らかい事でしょう。 そんな稽古をやっていたらまたケイタがやってくれました。新極真全関東大会三年生男子35kg以下の中重量級で準優勝。よく頑張ったね。偉いなあ。 試合で入賞する子供達の共通点はこの柔軟性にあります。ケイタも柔らかい身体を創って来ました。今日はゼッケンを忘れ、赤マークを忘れたアクシデントがあったけど素晴らしいじゃないか!

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