12月 2020

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今日12月30日の稽古は黒帯、茶帯、少年部の動画撮影の1日だった。今年はコロナに始まりコロナで終わった1年。過去62年を振り返っても断トツで大きな変化があった1年だった。そんな1年でも新聞の切り抜きは変わらず続けている。何でかと言われても答えに困る。でも簡単に言うと将来の自分に伝えたいからとしか言えない。 今から17年前、ある会社の西日本統括部長で出張と接待に明け暮れていた頃。私は朝日新聞のこんな記事を切り抜いている。2003年3月1日土曜「病が変えた日本史」という記事。変な見出しだなと思って斜め読みしてみるとこれが意外と面白い。 平清盛1181年64歳でマラリア、電撃性しょうこう熱で死亡。現在では抗生物質で完治可能。もし亡くなってなかったら鎌倉幕府成立せず。足利義満1408年51歳でインフルエンザで死亡。現在では抗生物質で完治可能。もし亡くなってなかったら戦国の乱世はなかった。豊臣秀吉1598年62歳で消化器癌で死亡。現在では延命し5年はながらえた。もし亡くなってなかったら江戸幕府成立せず。 営業の最前線で右上がりの数字だけが宿命だったあの頃、私は何でこんな記事を切り抜いていたんだろう。当時の人々にとってこれらの事実はどれほどの驚きと、どれほどの変化を生んだ事だろう。先日、部屋の整理をしていて見つけたこの記事は病が本当に世の中を変えるんだと思い知らせてくれた。 今年、私は習慣と考え方を変えた。コロナが教えてくれた事を空手クラブの子供達には何度も何度も伝えている。すべては環境に如何に順応するかなのだ。最後に残るのは強い人ではなく環境に順応する人だと思う。

12月13日 武道館で全日本空手道選手権大会が行われ女子型で8連覇を目指していた清水希容を抑えて初優勝したのが、大分の大野ひかる選手。彼女が同志社大学の学生だった頃のスーパーリンペイはキレがあって特別な存在に思えた。それから7年。ようやく全日本優勝。私が在籍していた頃の同志社大学空手道部は、しごきばかりで、試合の結果は近大、大商大、日大、京都産業大学に遠く及ばなかった。それが田辺に移転してから一変し全国優勝をするまでになっていた。その中心が大野ひかる選手だ。彼女は組手も強い。型は組手だ。圧倒的な威圧感は組手をやってきていないと表せない。それを大野ひかる選手は実践している。極真空手は剛柔流や糸東流、松濤館以上に組手重視。最近は極真でも型大会を頻繁に開催するようになってきたが伝統派空手が築いた80年の型歴史を埋めるには更の相当の熟成期間がいる。私の空手は大学時代の剛柔流がベースにあり、日本空手協会の矢原美紀夫氏に憧れ、雲手を何度も稽古した。極真を知ったのは京都の新京極に芦原道場が出来てからだ。剛柔流から極真への転身に違和感はなかった。極真も剛柔流と同じで基本稽古は三戦立ちで行うので似たものを感じながら、まっさらな画用紙に技の1つ1つを刻んで行った。芦原初代館長の下でサバキと肘、膝を覚え、城西で受け返しを練磨し、浜井会長の下で30人、40人と過酷な連続組手を経験した。

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